私が自由が丘の店長をしていた時の1987年〜1989年頃の自由が丘店で働いていた仲間との同窓会を久しぶりに自由が丘で開催しました。前回の開催が2023年でしたので3年ぶりに自由が丘で開催しました。久しぶりにみんなが自由が丘に集まったので、熊野神社を参拝し、自由が丘の街を歩き、寮の跡地やお店のあったしらかば通りを歩き、お店の建物を確認してから皆で昼食会を楽しみました。
お集まりいただいたのは、私のほか、相田副店長、婦人マネジャー金木さん、紳士マネジャー田中さん、物流マネジャー高橋さん、販促マネジャー斉藤さん、インテリアの清水さん、木下さん、総務の井村さんです。
自由が丘の店は、ピークで82億を売り上げた抜群の効率の店で、A館とB館の2館体制でインテリアの売場は140坪で7億の売上がありました。その後、1994年には消防法の改正がありお店が縮小されA館はファッション専門店、B館はインザルームとなり、井村さんがB館の開店のマネジャーを担当しました。
私を含めみなさん80代〜60代の高齢となりましたが、びっくりするほど新しくなった自由が丘の街を楽しみ、美味しい食事をいただいたとても楽しいひと時でした。

熊野神社で

自由が丘寮があったあたり。ものすごい一等地。
松田聖子のお店がすぐそばにありました。

しらかば通り。左がA館、右がB館。
かつては両館をつなぐ連絡通路が5階にありました。
インザルームが開店した頃は、まだまだ出始めの
青山フラワーマーケットがしらかば通りのB館側で
開店して大変な盛況でした。

A館の裏側。シャッターが閉まっているところが
社員通用口でした。

B館はドラッグストアと塾に。

日本料理 杜若で昼食会。

清水さんがお得意のマジックショウーを披露

日本料理 杜若(かきつばた)の前で記念撮影

当時話題となったベネツィア広場もまだありました。